Fortran標準モジュール要約【iso_fortran_env編】
Author: Amasaki Shinobu (雨崎しのぶ)
Twitter: @amasaki203
Posted on: 2025-12-09 JST
概要
Fortran
2003以降では、言語の規格で定められた組込みモジュールを使うことができる。組込みモジュールはいくつか用意されているが、本稿ではFortranによるプログラミングで最も基本的であり、使うことによる恩恵の大きいiso_fortran_envモジュールについて解説する。
まず初めに、モジュールの導入の仕方について簡単に解説し、iso_fortran_envモジュールを導入できるようにする。この際に組込みモジュールとユーザ定義/サードパーティモジュールとでのキーワードの指定の違いについても説明する。
その後に、当該モジュールで定義されている定数・変数および手続について、筆者が独自に分類したカテゴリに分けて、それぞれについて簡単に説明を記す。
目次
組込みモジュールを導入する
組込みモジュール一覧
Fortran 2018標準では、次の5つの組込みモジュールを処理系が提供するものと定めている:
iso_fortran_envieee_arithmeticieee_exceptionsieee_featuresiso_c_binding
以下では、Fortranプログラミング環境に関する組込みモジュールのiso_fortran_envで定められている内容、すなわち変数や定数および手続について解説する。
use文による組込みモジュールの導入
通常、モジュールの導入にはuse文を使う。iso_fortran_envはFortran標準の組込みモジュールであり、これも例外ではなく、program文またはmodule文の直後にuse文を置いて使うことが多い。なお、組込みモジュールを導入する際にはintrinsicキーワードを加えて記述すると、組込みモジュールを指しているという意図が明確になるため、筆者はこれを推奨している。また、ユーザー定義モジュールを導入したい場合には、non_intrinsicキーワードを指定して、それを強制することが可能だ。
program main
use :: iso_fortran_env ! iso_fortran_envモジュールを導入する。
use, intrinsic :: ieee_arithmetic ! 組込みモジュールのieee_arithmeticを導入
use, non_intrinsic :: ieee_arithmetic ! ユーザー定義モジュールのieee_arithmeticを導入する。
...
end program main
なお、組込みモジュールとユーザー定義モジュールの名前空間は別のものと定められているため、同名の2つのモジュールを使うことが、規格では一応許可されている1。けれども、やむを得ずそのような構成をとる際にはintrinsicとnon_intrinsicキーワードを適切に使い分けることが要求されるだろう。
iso_fortran_envモジュールで定義されているもの
型の情報に関わるもの
組込み型の型パラメータとして与えたり、kind()の引数に指定して利用したりするものを以下に示す。
int8:8ビット(1バイト)の整数型を指す種別値を持つ定数。範囲は-128から127int16:16ビット(2バイト)の整数型を指す種別値を持つ定数。範囲は-32,768から32,767int32:32ビット(4バイト)の整数型を指す種別値を持つ定数。範囲は-2,147,483,648から2,147,483,647int64:64ビット(8バイト)の整数型を指す種別値を持つ定数。範囲は-9,223,372,036,854,775,808から9,223,372,036,854,775,807real32:32ビットの浮動小数点数を指す実数型種別値持つ定数。単精度実数と呼ばれる型の種別に対応するreal64:64ビットの浮動小数点数を指す実数型の種別値を持つ定数。倍精度実数と呼ばれる型の種別に対応するreal128:128ビット(16バイト)の浮動小数点数を指す実数型の種別値を持つ定数。四倍精度実数と呼ばれる場合もある。実装されているかは処理系により異なるlogical8:8ビットの論理型を指す種別値を持つ定数logical16:16ビットの論理型を指す種別値を持つ定数logical32:32ビットの論理型を指す種別値を持つ定数logical64:64ビットの論理型を指す種別値を持つ定数integer_kinds:処理系がサポートする整数型の種別値一覧を持つ配列定数real_kinds:処理系がサポートする実数型の種別値一覧を持つ配列定数logical_kinds:処理系がサポートする論理型の種別値一覧を持つ配列定数
最後の3つは、それぞれの型の種別値の一覧を取得でき、その処理系で利用可能な(非負整数をもつ)型パラメータを知ることができる。
文字列処理に関わるもの
character_kindsは、処理系がサポートする文字列型の種別値一覧を持つ配列定数であり、これに含まれる値の一つをcharacter型変数の宣言時にkind型パラメータとして渡すことで、異なる文字種別の文字列変数を扱うことが可能になる2。
入出力に関わるもの
input_unit:標準入力のユニット(装置番号)を指す値を持つ定数output_unit:標準出力のユニットを指す値を持つ定数error_unit:標準エラー出力のユニットを指す値を持つ定数iostat_end:入出力文の実行で、iostat指定子から渡された値がEnd Of Fileの条件に該当するかを確認するための定数iostat_eor:入出力文の実行で、iostat指定子から渡された値がEnd Of Recordの条件に該当するかを確認するための定数iostat_inquire_internal_unit:inquire文の実行で、内部ファイルに割り当てられた装置番号を指して照会した際に、iostat指定子に返される値と比較するための定数。この比較を行うことで、不適切なinquire文の実行に対してのエラーハンドリングができるようになるfile_storage_size:外部ファイルの記憶単位のビット長を表す定数。open文のrecl指定子に用いる。
標準入力・出力・エラー出力については、従来のコードでは慣例的にそれぞれ5,
6, 0の値が直接書かれていたが、Fortran
2003において標準化され、iso_fortran_envから利用可能となっている。ただし、多くの処理系でinput_unitが5に、output_unitが6に、error_unitが0に結び付けられているので、ファイルを開くopen文では、これらの値を使わないほうがよい。
コンパイル時の情報に関わるもの
実行ファイルの中に、ビルド時のコンパイラのバージョン、コンパイルオプションを埋め込むことができる手続が提供されている:
compiler_version():ビルド時に使用されたコンパイラのバージョン情報を表す文字列を返す関数。compier_options():ビルド時に使用されたコンパイルオプションの情報を表す文字列を返す関数。
Coarray機能に関わるもの
Coarrayに関する定数と変数、および手続については、詳しく解説できるだけの理解と技量を筆者はまだ持ち合わせていないので、モジュールで定義されているものの名前を紹介するに留める。以下は、Fortran 2018で定義されている名前である3。
atomic_int_kindatomic_logical_kindcurrent_teaminitial_teamparent_teamstat_lockedstat_locked_other_imagestat_stopped_imagestat_failed_imagestat_unlockedstat_unlocked_failed_imagelock_typeevent_typeteam_type
非推奨のもの
以下の2つは、Fortranのstorage association(記憶列結合)という機能に関わるものだが、これはFortran 90の時点で非推奨になっており4、今後も使うべきではないものに分類されている。そのためここでは名前だけを紹介することに留める。もし古いコードのメンテナンス等で、知識が必要になったら参考文献1の付録Aなどを参照してほしい。
numerical_storage_sizecharacter_storage_size
ノート
logical8からlogical64は、Fortran 2023標準で採用された比較的新しいもので、論理型の種別値を持つ定数である。- Fortran 90で追加された
selected_int_kind()・selected_real_kind()と、Fortran 2003で追加されたselected_char_kind()の3つの手続は、モジュールではなく言語組込みの手続である。 - 2と同様に、Fortran
2023で追加された
selected_logical_kind()も言語組込みの手続である。 atomic_and,atomic_or,atomic_xor,atomic_add,atomic_fetch_add,atomic_fetch_and,atomic_fetch_or,atomic_fetch_xor,atomic_cas,atomic_define,atomic_ref, の手続はすべて、モジュールではなく言語組込みの手続である。- Fortran 2018において、複素数型の型種別を指す定数は用意されていない。
real128の実数型が提供されている(すなわち定数real128が非負整数の値を持つ)かどうかについて次のコンパイラを調べた:- GNU Fortran
gfortran(Linux環境のGNU Fortran 14.3.0)では値16を持つ。 - Intel Fortran Compiler
ifx(Linux環境のIFX 2024.0.0 20231017)では値16を持つ。 - LLVM Flang
flang(Linux (Ubuntu 24.04) 環境のflang-new-21)は値-1を持ち、これを型パラメータに指定するとコンパイルエラーとなる。
- GNU Fortran
- 一部の処理系では半精度浮動小数点数(16ビット実数型)を扱える処理系もあるようだが、標準化されていないことに注意(参考文献3を参照)。
- 一部の処理系では拡張倍精度浮動小数点数(例:
real(kind=10))を指定できるが、これについては標準化されておらず、当該モジュールでこれを指す定数は存在しない。加えて、筆者はこれについて語るに足る知見を持たないので、ここで触れるだけにしておく。 - 現在のFortran標準では、モジュールにおいても符号なし整数型は提供されていないが、次の規格 “F202Y” 策定の議論において、導入が議論されている(参考文献4を参照)。
参考文献
Michael Metcalf, John Reid, Malcolm Cohen, “Modern Fortran Explained: Incorporating Fortran 2018”, Oxford University Press, 2018, https://doi.org/10.1093/oso/9780198811893.001.0001, ISBN: 9780198811886
Michael Metcalf, John Reid 著, 西村恕彦・和田英穂・西村和夫・高田正之 訳,“bit別冊 詳解 Fortran90”, 共立出版株式会社, 1993
NAG Fortran コンパイラ 7.0 マニュアル, 第2.12節 “半精度浮動小数点数”, Nihon Numerical Algorithms Group K.K., https://www.nag-j.co.jp/nagfor/np70_manual/compiler_2_12.html
Document #N2230, DIN-6 “Proposal for UNSIGNED type”, ISO/IEC JTC1/SC22/WG5—The Home of Fortran Standard: https://wg5-fortran.org, PDF: https://wg5-fortran.org/N2201-N2250/N2230.pdf
